NIIGATAさんぽびと

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根立寺の観音堂 Ⅱ

 

 

気まぐれで立ち寄った根立寺の観音堂
雲が切れ、木立に囲まれて薄暗い境内に陽が射してきた。前回の続きです。

 

 

陽が射してきて少し明るくなったお堂のまわりで、静かなひととき。

 

 

お堂のまわりは苔むして。苔の緑って心が休まる。

 

 

観音堂の桁上に並ぶ十二支の動物たちは、観音堂の見どころのひとつ。
それぞれ手が込んでいて見ごたえがある。

 

 

それともうひとつ、濡緑の袖にある左右の彫刻も見どころ。一枚の欅板に彫られた精巧なもの。

 

 

デコボコになった擬宝珠(ぎぼし)。160年の時を感じます。

 

 

穏やかな顔の牛がいた。他の十二支の彫刻と手が違うようだし、ここの彫刻は作者や年代が異なるのだろうか。

 

 

子育て地蔵と書かれた建物の脇に並んでいた石仏たち。

 

 

根立寺の縁起としてこんな伝承が残っている。

 

天和年中(1681〜83)の頃、この地方に眼病が大流行して、たくさんの人が苦しんでいた。
古志郡上条村の田中清蔵という人が、その苦しみから救ってもらおうと、
根立寺の観音様に祈願し7日間の断食の修行を行った。
満願の日、まどろんでいると、1匹の蝶が現れ、彼の眼の中にとびこんだ。
すると不思議なことに両眼は開き、眼の病はすっかり治っていた。
感激した清蔵は出家して名を清観と改め、一生をこの観世音につかえた… というもの。

以後、眼病平癒祈願の寺としても信仰されているらしい。

 

 

ゆっくり出来たし、さて、そろそろ戻ろうか。

 

 

石段を降りていくと、脇の建物から出て来た女性に声をかけられた。かなり年配のご婦人だ。
そういえば、お堂を見ている時に、お経を読む女性の声が聞こえていた。
尋ねてみると「(亡くなった住職が)お前も覚えろというもんでね」と笑っていた。

 


お経が聞こえていたお寺の母屋。
長年連れ添ったご住職が亡くなって、今はここに一人でお住まいとのこと。
「お寺も跡継ぎが大変でねぇ…」とおっしゃっていた。

 

 

奥に見える二本の杉を指差して「私が嫁に来た時、住職が植えてくれたの」と教えてくれた。
小さな苗木だったというが、もう立派な木になっていた。
嫁いできた時は「なんだか木に囲まれて暗いところだなあ」と思ったという。
おばあさんがここで暮らしてきた年の数だけ年輪を刻む木だ。

 


気まぐれでまた立ち寄った根立寺観音堂
細い階段を上がった先には、静かな時間が流れていた。